「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は、1996年にPC-98向けに発売された後、セガサターンやWindows、そして2017年には現代機向けにリメイクされた伝説的アドベンチャーゲームです。物語は高校生の有馬たくやが、事故で亡くなったはずの父親から届いた謎の装置「リフレクターデバイス」を手に、並列世界を探索していく壮大なSFアドベンチャーとして展開されます。
ゲームは大きく分けて「現代編」と「異世界編」の二部構成になっています。現代編では、主人公たくやが学校や三角山などを舞台に、様々な人物との関わりを通じて「宝玉」と呼ばれるアイテムを集めていきます。そして全ての宝玉を集めると、物語は異世界「デラ=グラント」へと移り、タイトルの由来となる少女「ユーノ」との出会いが待っています。
本作の特徴は、物理学、哲学、宗教学などの知識を融合させた複雑かつ深遠な世界観です。「時は可逆、歴史は非可逆」という独自の時間概念を持ち、タイムトラベル作品によくあるパラドックスを巧みに回避しています。また、近親相姦やカニバリズムといったタブーにも踏み込んだ描写があり、発売当時は物議を醸しました。
本作の最大の特徴は「A.D.M.S(アダムス)」と呼ばれる革新的なシステムです。これは「オート分岐マッピング・システム」の略で、プレイヤーが体験した並列世界の分岐を視覚的にマップとして表示する機能です。このシステムによって、複雑に分岐するストーリーの進行状況を一目で把握できるようになっています。
A.D.M.Sの核となるのが「リフレクターデバイス」と呼ばれる装置です。これは主人公の父・広大が開発した時空間転移装置で、「宝玉」というアイテムをセットすることで、特定の時間・場所にジャンプポイント(セーブポイントのような役割)を設置できます。プレイヤーはこのジャンプポイントを利用して時間を遡り、異なる選択をすることで物語を進めていきます。
このシステムは単なるゲームの仕組みではなく、物語の設定と密接に結びついています。「時は可逆、歴史は非可逆」という本作独自の時間概念を体現するもので、プレイヤーは文字通り「並列世界を渡り歩く」体験ができるのです。
また、リメイク版では原作のシステムを尊重しつつも、現代のプレイヤーにも遊びやすいようUIが改良されました。特に、オートセーブ機能の追加やヒント機能の実装など、原作の難解さを緩和する工夫が施されています。
本作には多くの魅力的なヒロインが登場します。まず、義母である有馬亜由美は、たくやとの複雑な関係性が描かれます。彼女は主人公の父・広大の再婚相手でありながら、たくやとほぼ同年代という設定で、禁断の恋愛要素も含んでいます。
次に、クラスメイトの高城つぐみは、明るく活発な性格で、たくやを慕う少女です。一方、転校生の神奈は神秘的な雰囲気を持ち、物語の重要な鍵を握っています。また、歴史教師の澤渡鶴子は大人の魅力にあふれ、たくやの父の研究に関わる重要人物として描かれます。
そして、タイトルにもなっている謎の少女「ユーノ」は、物語の後半で本格的に登場します。彼女の正体は、実はたくやとセーレスの娘であり、異世界「デラ=グラント」の人間です。ユーノは心身ともに成長が早く、生後3年で地球人換算で約12歳、それから半年で18~20歳くらいの成体となるという特性を持っています。
興味深いのは、ユーノが実父であるたくやに恋愛感情を抱いているという設定です。これは近親相姦というタブーに踏み込んだ描写であり、本作の大人向けの要素を象徴しています。また、ユーノの名前の由来は英語の「You Know?」であり、物語の謎を象徴するような名前となっています。
「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は、ゲームの成功を受けて様々なメディアミックス展開がなされました。まず、1997年から1998年にかけて月刊Gファンタジーでまりお金田によるコミカライズが連載されました。少年誌での連載だったため、原作の性的描写は排除されていますが、ストーリーの骨格は維持されています。
また、1998年から1999年にかけてはアダルトアニメ化もされました。全4話構成で、ピンクパイナップルから発売されています。このアニメ版は原作の一部エピソードを抜粋した内容となっており、完全版とは言えないものでした。
さらに、神代創による小説版も1998年に全4巻で刊行されました。小説版では、原作とは異なり、ユーノがデラ=グラントを救うことに成功するというハッピーエンドに改変されているのが特徴です。
そして2019年には、リメイク版ゲームの発売を記念して、テレビアニメ化も実現しました。feel.制作による全26話のアニメは、原作の複雑なストーリーを忠実に再現しようと試みています。このアニメ版では、原作の18禁要素は抑えられていますが、SF要素や世界観の壮大さは十分に表現されています。
また、2017年にはリメイク版ゲームの発売に合わせて、石田総司による新たなコミカライズも「コミッククリア」で連載されました。こちらは全2巻で完結しています。
「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は、日本のアドベンチャーゲーム史において非常に重要な位置を占めています。特に、A.D.M.Sシステムによる並列世界の可視化は、後の多くのゲームに影響を与えました。例えば、「STEINS;GATE」などの5pb.(現MAGES.)作品は、本作の影響を強く受けていると言われています。実際、2014年に5pb.がエルフからYU-NOの版権譲渡を受けたことからも、その関係性の深さがうかがえます。
本作の特筆すべき点は、ゲームシステムと物語が密接に結びついていることです。多くのゲームでは、システムとストーリーは別個のものとして設計されることが多いですが、本作ではA.D.M.Sという並列世界を渡り歩くシステムそのものが物語の核心部分と直結しています。この「メタフィクション」的な要素は、後のアドベンチャーゲームに大きな影響を与えました。
また、本作は「エロゲー」というジャンルの枠を超えて、本格的なSF作品として高い評価を受けました。物理学、哲学、宗教学などの知識を融合させた深遠な世界観は、単なる恋愛シミュレーションを超えた知的好奇心を刺激するものでした。この「エロゲーの芸術性」を示した先駆的作品として、後の「月姫」や「Fate」シリーズなど、同様に深い世界観を持つ作品の道を開いたと言えるでしょう。
さらに、2017年のリメイク版発売は、90年代のゲームを現代に蘇らせる「レトロゲームのリメイク」という流れを加速させました。原作の魅力を損なわずに現代のプラットフォームで遊べるようにするという試みは、他の名作ゲームのリメイクにも影響を与えています。
本作が発売された1996年は、PlayStation(PS)が日本で急速に普及し始めた時期でもあり、PC-98という当時すでに衰退しつつあったプラットフォームで発売されたにもかかわらず大きな成功を収めたことも特筆すべき点です。その後のセガサターン版の発売(1997年)は24万本以上を売り上げ、当時のアドベンチャーゲームとしては異例のヒットとなりました。
このように、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は単なるゲームを超えて、日本のゲーム文化、特にアドベンチャーゲームというジャンルの発展に大きく貢献した作品と言えるでしょう。その影響は現在も続いており、多くのクリエイターに影響を与え続けています。
このゲームの制作者である菅野ひろゆき(当時のペンネームは剣乃ゆきひろ)は、残念ながら2011年に42歳の若さで亡くなりましたが、彼が残した作品は今もなお多くのファンに愛され続けています。リメイク版の発売やアニメ化は、彼の遺した世界観を新たな世代に伝える重要な役割を果たしているのです。